オゾン層の観測方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、地球大気の成層圏に存在するオゾン層(成層圏オゾン)を観測する方法、特に、専用測定機器を必要とせず、簡単な方法で地上からオゾン層を観測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球大気の鉛直構造における成層圏には大気中のオゾンの9割が存在しており、それゆえ、この高度約10km~50km付近に存在する高濃度オゾン分布帯はオゾン層と呼ばれている。このオゾン層は生物にとって有害な紫外線を吸収し、地上の生態系を保護するという重要な役割を担っている。しかしながら、1970年代に冷蔵設備等の冷媒やプリント基板の洗浄剤、スプレーガス等に含まれているフロンによってオゾン層が破壊される可能性が指摘され、1980年代には南極上空でオゾンホールが確認されるなど、オゾン層の破壊は国際的な問題となった。これらを受けて、オゾン層を保護するため、フロン等のオゾン層破壊物質の世界的な規制が行われているほか、オゾン層の状況を把握するため、世界中でオゾン層の観測が定期的に行われている。
【0003】
オゾン層の観測方法としては、ドブソン分光光度計による全量観測及び反転観測、気球を用いたオゾンゾンデによる直接観測(非特許文献1参照)、そして、人工衛星に搭載したオゾン層観測装置による観測(特許文献1及び非特許文献1参照)等がある。
【0004】
他方、図7に示すように、月食の際に、月の欠け際、すなわち、本影Uと半影Pとの間の境界が青緑色の帯状に輝いて見える「ターコイズフリンジ」という現象が知られている。この現象は1978年に本発明者により発見され、報告された現象である(非特許文献2参照)。このターコイズフリンジTFは、月食の際、太陽光SBが成層圏のオゾン層OLを通過するときに、選択的に赤色を示す波長の光が吸収された結果、赤色の捕色関係にある青緑色の光が本影(地球の影部分)の縁に沿って見える現象である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-84075号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“オゾン層の観測”、[online]、国土交通省 気象庁ウェブページ、[平成30年5月16日検索]、インターネット<URL:http://www.data.jma.go.jp/gmd/env/ozonehp/3-15ozone_observe.html>
【非特許文献2】“月食の緑色異常色調”、第12回 日本アマチュア天文研究発表大会研究発表集録、日本アマチュア天文研究発表大会運営委員会、1979年10月、p.25-26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1及び特許文献1に記載された従来のオゾン層の観測方法は、特別な専用測定機器や気球、人工衛星等を必要とするため、いずれも極めて高コストかつ専門的であり、その観測が実施できるのは気象台又は環境研究所等の一部の機関に限られている。それゆえ、個人的に又は学校等の教育現場等の身近な場において、手軽にオゾン層を観測することができず、オゾン層自体及びオゾン層をとりまく地球環境問題に対する興味や関心を持つことが難しくなっている。
【0008】
他方、非特許文献2に記載された月食の際にみられる「ターコイズフリンジ」については、月食時の天文現象として観測されているのみである。
【0009】
本発明は上述した点に鑑みなされたもので、その目的は、極めて低コストかつ簡単にオゾン層を観測することができるオゾン層の観測方法を提供すること、及び、それによって、オゾン層自体及びオゾン層の保護に対する関心を高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は月食の際に生じるターコイズフリンジを初めて観測して以降、この現象に着目し、継続して観測を行ってきた。このターコイズフリンジは、1978年の時点では口径10cm程度の小型の天体望遠鏡を介した肉眼で容易に観測できていたが、1990年代以降は肉眼での観測は困難になっていた。近年では、高解像度のデジタルカメラが普及したことにより、肉眼に代えてデジタルカメラを介した画像によってターコイズフリンジを観測することができるようになった。
【0011】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ターコイズフリンジが1990年代以降に肉眼では観測できなくなったことと、オゾン層の破壊が1980年代半ば以降から急激に進み、オゾン濃度が減少したことの関連性を見出し、これらの知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明のオゾン層の観測方法は、ターコイズフリンジを有する地球周回天体を、580~650nmの赤色系光の波長領域のうちの一部の波長帯域を通過帯域とする第1のバンドパスフィルタを取り付けた撮像手段で撮影し、第1の撮像画像データを取得する第1の撮像工程と、ターコイズフリンジを有する地球周回天体を、400~470nmの青色系光の波長帯域のうちの一部の波長帯域を通過帯域とする第2のバンドパスフィルタを取り付けた撮像手段で撮影し、第2の撮像画像データを取得する第2の撮像工程と、第1の撮像画像データのRGB画素画像データのうち、R画素画像データを取得する工程と、第2の撮像画像データのRGB画素画像データのうち、B画素画像データを取得する工程と、第1の撮像画像データのR画素画像データにおいて、地球周回天体のターコイズフリンジを含む少なくとも一部の領域A1を選択し、選択領域A1のR画素の輝度値から選択領域A1の等級を第1の等級m1として求める工程と、第2の撮像画像データのB画素画像データにおいて、R画素画像データの選択領域A1と対応する領域A2を選択し、選択領域A2のB画素の輝度値から選択領域A2の等級を第2の等級m2として求める工程と、次式(1):
【0013】
【数1】
n = 0.4α(m1-m2)/σι
(式(1)中、nはオゾンの濃度、αは光度比を吸光度に補正する係数、σは第1のバンドパスフィルタの通過帯域におけるオゾンのモル吸光断面積、lは太陽光線がオゾン層を通過した距離である。)により、オゾンの濃度nを求める工程と、を備えている。
【0014】
ターコイズフリンジを有する地球周回天体を、オゾンによる弱い吸収のある赤色系光の580~650nmの波長の一部を通過帯域とする第1のバンドパスフィルタを取り付けた撮像手段で撮影することで、太陽光のうち、オゾン層を通過した際にオゾンに吸収されて減衰した光による第1の撮像画像データが得られる。他方、ターコイズフリンジを有する地球周回天体を、オゾンによる吸収がほとんどない青色系光の400~470nmの波長の一部を通過帯域とする第2のバンドパスフィルタを取り付けた撮像手段で撮影することで、太陽光のうち、オゾンに吸収されることなくオゾン層を通過した光による第2の撮像画像データが得られる。そして、第1の撮像画像データから赤色系画素であるR画素画像データを選択的に取得することにより、オゾンに吸収されて減衰した光の輝度データを高い精度で得ることができる。また、第2の撮像画像データから青色系画素であるB画素画像データを選択的に取得することにより、オゾンに吸収されずにオゾン層を通過した光の輝度データを高い精度で得ることができる。得られた各画素画像データにおいて、ターコイズフリンジを有する地球周回天体に対応する部分の光を測光して等級を求めることにより、オゾンに吸収されて減衰した光の明るさ(光度)とオゾンに吸収されることなく、オゾン層を通過した光の明るさ(光度)との光度比がポグソンの式によって得られる。この光度比は、入射光の強度と媒質を通過した後の光の強度の比である吸光度に比例するものであることから、式(1)が導出され、この式(1)よりオゾンの濃度を求めることができる。
【0015】
また、本発明のオゾン層の観測方法は、地球周回天体が国際宇宙ステーション(ISS)又は月であることも好ましい。地球周回天体として、周回軌道が正確に予測されており、観測も容易な天体が選択される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有する成層圏オゾンの観測方法を提供することができる。
(1)天体写真を撮影し、その撮像画像について天体画像解析ソフトウェアで画像処理を行うことでオゾン層の濃度を求めることができるため、非常に容易である。
(2)大掛かりな設備や専用測定機器が不要であるため、低コストにオゾン層の観測を行うことができる。
(3)地球周回天体として、月だけでなくISSも選択することができるため、地上からオゾン層の定期的な観察が可能である。
(4)水平方向に入射する太陽光の反射光を利用してオゾンの濃度を求めるため、オゾン層におけるオゾンの高度分布(鉛直方向の分布)を把握することができる。
大気光化学的補足事項
① 地球大気を水平方向に透過する光学的厚さの算出式
I(λ)=Io(λ)EXP[―∫(σN+αn+β]dι
上記、公式において
Io(λ)は成層圏に入射する入射光強度
I(λ)は、成層圏を水平方向に透過する透過光強度
λは、測定する可視光波長(単位 ㎚)
σは、O3の吸光断面積(㎝2[molecule−1])
Nは、O3の数密度
αは、レイリー散乱断面積(㎝2[molecule−1])
nは、N2およびO2の数密度
βは、ミー散乱による減光係数
ιは、水平方向の光路長(単位 cm)
である。
600nm近傍の波長域をλ1、400㎚近傍の波長域をλ2
600㎚近傍のO3の吸光断面積をσ1、400㎚近傍のO3の吸光断面積をσ2
すると
I(λ1)/I(λ2) = EXP{(σ1−σ2)∫Ndι]
これは、結局、
Ln I(λ1)/I(λ2) = -σNι
となり、光学的な厚さの公式から、ランベルトベール則が導出される。
【0031】
(ISS及び比較星の測光)
次に、ISS及び比較星の測光工程S1e及びS2eについて説明する。天体画像において、指定した範囲内における天体の光量を測定することを測光という。本工程では、ISS及び比較星の光量を一次処理された各画素画像データの輝度値(カウント値)として得る。工程S1eとしては、一次処理されたR画素画像データについて、ISS及び比較星に該当する領域をそれぞれ選択し、その領域の輝度値(カウント値)を算出することにより、ISS及び比較星の光量を求めることができ、工程S2eとしては、一次処理されたB画素画像データについて、ISS及び比較星に該当する領域をそれぞれ選択し、その領域の輝度値(カウント値)を算出することにより、ISS及び比較星の光量を求めることができる。なお、このISS及び比較星の測光は、上述したソフトウェア「マカリ」によって容易に行うことができる。
【0032】
(第1の等級m1の算出)
次に、第1の等級(m1)の算出工程S1fについて説明する。本工程では、ISS及び比較星の測光工程S1eで得られたR画素画像データのカウント値に基づき、ISSの等級(m1)を以下式(4)により算出することができる。なお、この式(4)は2つの天体の等級(ma、mb)とその明るさ(Fa、Fb)との関係を示すポグソンの式(以下式(5))に基づくものである。
【0033】
【数4】
等級(m1)=比較星の等級-
2.5Log10(R画素画像データのISSのカウント値/R画素画像データの比較
星のカウント値)
【0034】
【数5】
ma - mb = -2.5Log10(Fa/Fb)
【0035】
(第2の等級m2の算出)
次に、第2の等級(m2)の算出工程S2fについて説明する。本工程では、ISS及び比較星の測光工程S2eで得られたB画素画像データのカウント値に基づき、ISSの等級(m2)を以下式(6)により算出することができる。
【0036】
【数6】
等級(m2)=比較星の等級-
2.5Log10(B画素画像データのISSのカウント値/B画素画像データの比較
星のカウント値)
【0037】
ここで、後述する工程S4では、第1の等級(m1)の値と、第2の等級(m2)の値とからオゾン濃度を算出するところ、第1の等級(m1)を求める際に用いるR画素画像データのカウント値(輝度値)と、第2の等級(m2)を求める際に用いるB画素画像データのカウント値(輝度値)とは、異なる波長の光に基づく値である。すなわち、R画素画像データのカウント値は、第1のバンドパスフィルタ3aの通過帯域(580~650nmの赤色系光の波長領域のうちの一部の波長帯域)の波長の光によるものであり、B画素画像データのカウント値は、第2のバンドパスフィルタ3bの通過帯域(400~470nmの青色系光の波長帯域のうちの一部の波長帯域)の光によるものである。光の波長が異なると黒体輻射のエネルギー密度も異なることから、第1のバンドパスフィルタ3aの通過帯域の波長と第2のバンドパスフィルタ3bの通過帯域の波長とのエネルギー密度の差が大きい場合にはその差を補正することが好ましい。この場合、上述した第1の等級(m1)を求める式(4)に替えて以下式(7)を用いることができる。
【0038】
【数7】
等級(m1)=比較星の等級-
2.5Log10(R画素画像データのISSのカウント値・γ/R画素画像データの比較
星のカウント値・γa)
【0039】
式(7)のうち、γは、ISSについての第1のバンドパスフィルタの通過帯域の波長における黒体輻射の放出エネルギー量と、第2のバンドパスフィルタの通過帯域の波長における黒体輻射の放出エネルギー量との比を示す(式(8)参照)。また、γaは、比較星についての第1のバンドパスフィルタの通過帯域の波長における黒体輻射の放出エネルギー量と、第2のバンドパスフィルタの通過帯域の波長における黒体輻射の放出エネルギー量との比を示す(式(8)参照)。式(8)におけるE(λ)の値は式(9)で算出される。式(9)のうち、E(λ):放出エネルギー量(W/m3)、λ:波長、c:光速、h:プランク定数、k:ボルツマン定数、T:絶対温度を示す。γを求める際の式(9)における絶対温度Tの値は太陽の表面温度である6000Kである。他方、γaを求める際の式(9)における絶対温度Tの値は比較星として選択した恒星の表面温度が選択される。
【0040】
【数8】
γ又はγa = E(λ:第1のバンドパスフィルタの通過波長帯域)
/E(λ:第2のバンドパスフィルタの通過波長帯域)
【0041】
【数9】
なお、上記式において、I(λ,T)=E(λ)である。
【0042】
なお、黒体輻射の波長別エネルギー分布が太陽と類似する恒星を比較星として選択することにより、式(7)におけるγはγ≒γaとなるため、式(7)による補正を不要とすることができる。波長別エネルギー分布が太陽と類似する恒星としては、具体的には、主系列星で、スペクトル型がG1~G3の恒星が好適に選択され、さらに色指数が0.60~0.70の恒星がより好適に選択される。これらに該当する恒星を選択することにより、式(7)による補正が不要となり、シンプルな式(4)での第1の等級(m1)の算出を行うことができる。
【0043】
(オゾン濃度の算出)
次に、オゾン濃度(n)の算出工程S4について説明する。まず、ランバート・ベールの法則による式(10)によれば、媒質に入射する前の光の強度をI0、長さlの媒質を透過した後の光の強度をIとしたときの吸光度Aは、媒質の濃度nと媒質の通過距離(光路長)lに比例している。なお、σはモル吸光断面積を示す。
【0044】
【数10】
吸光度A = -Log10(I/Io) = σnl
【0045】
他方、上述の工程S1f及びS2fで得られた第1の等級(m1)及び第2の等級(m2)を、式(5)のポグソンの式に代入すると以下式(11)に示すとおりとなり、以下式(12)に変形できる。
【0046】
【数11】
m1 - m2 = -2.5Log10(F1/F2)
【0047】
【数12】
-Log10(F1/F2)=0.4(m1-m2)
【0048】
ここで、媒質であるオゾンに吸収されることなく、オゾン層OLを通過した光の明るさ(光度)はF2であり、オゾン層OLを通過した際にオゾンに吸収されて減衰した光の明るさ(光度)F1である。それゆえ、この光度比は吸光度と同様に式(10)で示すランバート・ベールの法則に適用することができ、その結果、この光度比は媒質であるオゾンの濃度nとオゾン層の通過距離lに比例する。吸光度Aと、オゾン層OLを通過した光の光度F2、オゾン層OLを通過した際にオゾンに吸収されて減衰した光の光度F1との関係は以下式(13)で表わすことができる。なお、αは光度比を吸光度に補正する係数である。
【0049】
【数13】
吸光度A = -Log10(I/Io)=-Log10(F1/F2)・α
【0050】
上述した式(13)に、式(10)と式(12)の右辺をそれぞれ代入すると、以下式(14)が得られ、媒質であるオゾンの濃度(n)を求める式(1)が導出される。また、σは第1のバンドパスフィルタの通過帯域におけるオゾンのモル吸光断面積、lは太陽光線がオゾン層を通過した距離である。この式(1)に基づき、オゾン濃度(mol/cm3)が算出される。本実施形態の撮像手段2によって、複数のタイミングで撮影された、第1の撮像画像データ及び第2の撮像画像データのセットについて、上述した工程に基づき、それぞれオゾン濃度を算出することによって、オゾン層におけるオゾンの鉛直分布を把握することができる。
【0051】。
【数14】
σnl = 0.4(m1 - m2)・α
【0052】
【数15】
n = 0.4α(m1-m2)/σι
【0053】
(太陽光のオゾン層の通過距離lの算定)
次に、太陽光のオゾン層の通過距離lの算定工程S3について説明する。太陽光のオゾン層の通過距離lとは、図3に示すように、太陽光SBがISS9に到達するまでに通過したオゾン層の通過距離lをいい、ランバート・ベールの法則による式(7)における光路長に該当する。ISS9の軌道計算を行うことにより、ISSに照射される太陽光が地球上空のどの部分を通過したかを算出することができ、通過距離を算定することができる。